勉強の楽しさ

今回は、勉強って楽しい!っていう話題です。

 

なんかこんなこと書くと、

すごく勉強が大好きなガリ勉みたいに思うかもしれません。

学校の先生やって、学習指導中心の放デイなんてはじめて、

最初から勉強が大好きだったんじゃないかと思われるかもしれません。

 

もともと勉強がすごーくできなかったわけではありませんが、

決して天才的にできたわけでもありません。

特に数学には大変苦しめられました。

専門は理科で、理科の先生をやっていたし、

塾では数学を教えていたこともあるのにです。

数学はすごーくできなかった部類に入るかもしれません。

そして何より、高校までは勉強が楽しいとは感じていませんでした。

 

勉強が楽しいと感じはじめたのは、

大学に入ってからでした。

大学って、中学生や高校生からすると

それらの延長のように見えるかもしれませんが、全然違います。

 

高校は義務教育ではありませんが、

決まったことを学んでいくという点では中学とそんなに変わらないですよね。

高校までの先生は必ず「教員免許」をもっていて「教える専門家」です。

 

大学の先生はそうではありません。

あくまでも研究者であるため、

ご自身の興味のあることをひたすらにしゃべりまくるという先生も

多くいらっしゃいます。

 

ですので、中学や高校ではある程度先生が導いてくださいますが、

大学ではこちらから取りにいかなければ、

途端においていかれます。

容赦なく単位認定されないし、

単位認定されなければ卒業できません。

運よく卒業できたとしても、大学で得られるものは何もありません。

 

でも逆に言えば、好きなことを学べるのが大学です。

たまに講義を受ける態度にうるさい先生もいらっしゃいますが、

それはごく少数派です。

講義の時間中に先生の話の中で興味のある部分だけを聞いておき、

それ以外は教科書をざっと読んで理解して、

あとは小説読むなりレポート書くなり寝るなり・・・まさに自由です。

試験で点数が取れれば単位は認定されます。

(講義中に関係ないことをすることをおすすめしているわけではありません)

 

なぜ私が大学在学中に勉強の楽しさに気が付くことができたのかと

あとで振り返ってみたのですが、

そこには「主体性」があったからなのではないかと考えています。

 

何事も自分自身で決め、主体的に行動していくことは大変重要なことです。

ただ、通常自分のことは自分で決めているはずなので、

主体的であるということは気持ちのもちようなのだと思います。

つまり、どんな結果になろうとも、

自分自身の決定によるものだと考えるということです。

 

もちろん、自分の力ではどうにもならないことはたくさんあります。

ですが、そのどうにもならないことのせいにするのではなく、

あくまでも自分自身の決定の結果だと受け止めることです。

 

このことについては別の記事でまた触れるとして、

勉強についても主体的に学ぶことによって楽しさを見つけることができます。

 

たとえば私はずっと病気のがんのことについて研究したいと思っていたのですが、

運よく大学の研究室はがんの研究をしているところに所属することができました。

はじめて研究というものをするので、

覚えることや学ぶことは膨大にありましたが、

なんの苦もなく知識を吸収することができました。

 

また、私は在学中に「仮説実験授業」に出会いました。

故板倉聖宜先生が提唱された授業方法で、

「授業書」という専用の教科書のようなものを使って授業をします。

通常の教科書との親和性はそこそこ高いものの、

教科書以外のものを使って授業する必要があるため、

それほどたくさんの実践はできませんでしたが、

仮説実験授業が掲げる理念に大変感動しました。

 

その理念とは、

「たのしい」ということが最も大事

ということです。

 

たとえば、わかりやすいけどつまらない授業と、

わかりにくいけどたのしい授業があったとしたら、

後者の方に価値があると考えるということです。

まあもちろんわかりやすくてたのしい授業がいいに決まってますけどね。

 

また仮説実験授業ではさらに、授業だけでなくすべてのことに対し、

「たのしい」ことが一番価値のあることだというようにも考えています。

 

当時の私には非常に刺さるものがあり、

今でも選択の基本としています。

 

 

ただ、いくら楽しくても、

それがずっと続かないのでは困ります。

たとえばYouTubeで動画観るのがめちゃくちゃ楽しくても、

ずっとYouTube観ているわけにもいかないですよね。

YouTubeにはすばらしい動画がたくさんありますが、

観ているだけでは何も変わりませんから。

 

話がだいぶそれてしまいましたが、

「仮説実験授業」は関連書籍や授業書を買いあさり、

東京高田馬場にある「仮説社」には何度も通いました。

仮説実験授業を学んでいるときも、

少しも苦痛だとは思いませんでした。

 

勉強って楽しいものです。

もし今やっている勉強が楽しくないのであれば、

主体的にやっていないからだと思います。

 

私も高校生まではそうでしたが、

やらされているとつまらないんですよね。

 

すぐに主体的に勉強をするというのは難しいことです。

ですが今やっている勉強の先には、

そんな世界が待っていることを、

頭の片隅においておいていただけるといいかなと思います。